私が著者である泉房穂さんに興味を持ったのは、あるネット番組でした。「現在の少子化対策のどこがダメなのか?」の質問に、「やる気がないからや!」と斬って捨てたのです。
正直溜飲が下がりました。その後も国のふがいなさに色々ブチギレていて、「なんか面白いおっちゃんやなあ」と思ったのが最初でした。
もちろんそれ以前から明石市の少子化対策がすばらしいという評判はニュースなどで知っていたのですが、こんなに熱い人だったとは。
私は独身で、子供はいらない派で、普段は「好きに生きて何が悪い」と思っているのですが、やはり「少子化問題」のことを出されると分が悪い。
子供が欲しいという気持ちは理解できますし、そういう人にはどんどん子供を産んでほしいです。世間の7割くらいは子持ちなわけで、子持ちの人が疲れていると、やはり日本全体が疲れていることになります。
どうにか子育てがしやすい世の中に。子育てが大変すぎると、「独身が楽をしている」という風潮になって、独身に当たりが強いのです。
私はこんな自分勝手な理由で少子化の解消を望んでいるのですが、泉さんは違います。本気で市民の幸せを願い、日本全体を良くしようとしています。正直日本にまだこんな政治家がいたのかと驚いたくらいです。
「もう日本は終わりだ」と諦めてしまっている全国民にこの本を読んでほしい。私がここ最近読んだ本の中でも間違いなく最高の本です。
泉房穂「社会の変え方」とは
2023年に泉房穂の著書。泉さんの生い立ちから、弁護士・政治家時代、市長になるまでの道のり。そして市長を務めた12年間で彼がしてきた改革や、なぜそれを実行できたかなどが、非常に分かりやすく書かれています。
明石市は特別経済的に裕福な街ではありません。それなのになぜ10年連続人口増、税収8年連続増などの記録を打ち立てることができたのか。
市民から税金を取り立てたわけではありません。むしろ配っているのです。これを日本全国で実行できれば、全国民が幸せになれるであろうカラクリが、本書を読めばよく分かるでしょう。
泉房穂の原点は「冷たい社会への復讐」
泉さんには障害を持った弟さんがいます。小学校に上がる前になんとか歩けるようにはなったのですが、行政から「歩きにくいのなら、遠くの養護学校へ行ってください」と言われてしまいます。
行政に掛け合い、弟さんは泉さんと同じ小学校に通えるようにはなったのですが、少数派を無いことにしようとする社会に、泉さんは理不尽さと不公平さを感じるようになったのです。
懸命に勉強し、東大に入学。東大時代には学生運動に身を投じ、卒業後は報道の面から世の中の理不尽さを知ってもらおうとNHKに入局します。
その後政治家の石井紘基さんと運命的な出会いをした泉さんはNHKを辞め、彼の選挙運動を手伝うことになります。
しかし石井さんの薦めで、泉さんは弁護士を目指すことになり、一旦政治の世界からは身を置くのです。弁護士になってからは弱者のためにつくし、未成年後見人にもなったりもしていました。
そんな中石井さんが突然の事件で亡くなってしまい、泉さんはその遺志を引き継いで政治家となります。政治家になってからは弱者に不利な法律を変えようと、議員立法の作成に関わっていくのです。
落選後明石市に戻って弁護士を再開した泉さんは、ついに市長選に出馬し、当選するのです。
かなり端折ったんですけど、これだけでもすごくないですか?泉さんがいかにずっと社会を変えようとしてきたか、その熱い思いが伝わってきませんか?もう本だとこれの100倍くらい濃いですからね!
泉さんは終始弱者のために戦ってきました。最初は弟さんのためだったかもしれません。でも弟さんが随分よくなっても「うちだけ良ければそれでええんか!」と社会を変えようとしていくのです。
彼をずっと動かしてきたものは「怒り」でした。社会の弟さんへの冷たい仕打ちに、法律を学び始めてからは法律が弱者に冷たくできていることに、石井さんの無念であろう亡くなり方に。彼は他にも様々な悲しみに触れ、怒りを感じています。
「自分がやらなければ」と弱者に寄り添ってきた泉さんは、それだけでは何も変わらないと、社会の仕組みを変えるために動き出したのです。
泉さんが市長になるまでの経緯が描かれているのはわずか40ページほどでしたが、もうこれだけでも十分本1冊分の価値があるので、ぜひ加筆して別に出版してほしいです。
泉房穂が動かしてきた3つのもの
泉さんが市長になった当初は周りは敵だらけだったそうですが、彼のやりたいことが市民や職員に伝わってくると、風向きが変わってきたそうです。泉さんは確かにとてつもなく頭がいい人ではありますが、それ以上に彼の熱い思いが人を動かしてきたのだと思います。
彼は様々な改革をしていますが、徹底的に「市民ファースト」という理念が貫かれています。「市民のために働くのが公務員」という考えで、職員さんはちょっと大変だっただろうな笑というところもちょくちょくありました。
なにせ前例がなく「明石市が日本で初」ということも多かったので。それでも泉さんはこれだけのものを動かしてきたのです。
お金を動かす
明石市といえば、独自の子ども施策「5つの無料化」が有名です。
●18歳までの医療費無料
●第2子以降の保育料無料
●中学校の給食費無料
●公共施設の遊び場無料
●おむつ定期便(満1才まで)無料
しかし他にも子どもたちのために様々な経済的な施策が成されているのです。泉さんは「子育ての社会化」を主張しており、一時的なお金のバラマキではなく、将来に安心が持てるような長期的な対策を実施しています。
一部ですがご紹介します。まず親が離婚した子どもたちへの養育費の支援。これは明石市独自で養育費の立て替えを始めたのです。
支払義務者に市が直接働きかけ、支払いがなければ催促します。それでも不払いなら、市が養育費を立て替えし、義務者から回収する仕組みです。
養育費の取り決めも市が支援しており、取り決めから差し押さえまで、市が総合的に支援してくれるのです。子どもが養育費をもらうのは権利なので、当然といえば当然なのですが、泣き寝入りする女性が本当に多い中、これはすごいですね。
他には希望する方への児童扶養手当の毎月支給。これは支給のない月に1ヶ月分を無利子で貸付、2ヶ月分の支給のある月に1ヶ月分を返してもらう。こうして実質、毎月収入がある状態にするのです。
ではその財源はどこから来たのか。先程も書きましたが、明石市は特別に潤沢というわけではありません。ただ単純にやりくりしているだけなのです。
1年余りの猶予を経て、開始前年の予算編成で「まず翌年、第2子以降を無料化する」と正式に決めました。まず優先枠を確保する。それ以外で通常の予算編成をする。前年ベースで予算を積み上げるのではなく、やるべき施策を決め、先に予算を確保。
泉房穂「社会の変え方」
先に「動かせない要件」を決めて、それに沿ってやりくりするのです。
またコロナ禍においては、お金の目処が立たず「大学を諦めないといけないかもしれない」という声に対しては、明石市内から大学へ通う学生に、前期分の学費を肩代わりして振り込むことにしました。
無利息、保証人不要の貸付制度です。後に対象を専門学校・通信制高校・大学院も加え、実習費も含めると学費が高い薬学部・看護学科には上限額を引き上げました。さらに家庭の事情で高校進学が難しい家庭にも支援しています。
どうして明石市はこんなにも迅速に動くことができたのか。これもやりくりによるものです。
コロナ前に積み増してきた基金45億円を取り崩してもいいと決意しました。国が動く前に市が動き、自腹で施策を実施していく。その後国が動き、結果基金は取り崩さずにすんだのです。
市長に予算の決定権があるからこそ、ここまで迅速に動くことができました。決めてしまえば、実行はできるのです。
国民の負担を増やさなくても、少子化対策はできる。明石市はそれを証明してみせたのです。
人を動かす
人を動かすのは、ある意味お金を動かすより難しいことなのかもしれません。人というより、人材でしょうか。
就任当初市長に人事権はあってないようなものでした。しかし泉さんは役所の年功序列を完全にやめてしまいます。
そして無駄な仕事を減らし、残業時間を減らし、必要な人数だけを採用することにしました。人事異動の仕組みも年1度ではなく、忙しければそこに人を移動させ、山を越したら戻し、また別の山に動かす形にしました。
しかしただやみくもに職員を減らしているわけではありません。専門職の採用を増やしたのです。
まず弁護士職員の採用を増やしました。法知識が必要な相談は、行政職員だけでは対応が難しいものも多い。しかし弁護士が気軽に相談できる存在になると、今度はトラブルの対応だけではなく、トラブルを未然に防ぐ相談も増えたそうです。
同じく社会福祉士、精神保健福祉士、臨床心理士、保健師、手話通訳士など、人に寄り添う専門性の人材も確保しています。そしてこれらの専門的な職員と一般の職員が、同じ部屋で、隣の机で同様の仕事をしています。
こうすることによって一般職の持つ「対応の広さ」、専門職の持つ「対応の深さ」の組み合わせでチームになり、様々な市民のニーズに対応しているのです。
国を動かす
明石市が全国初で開始した養育費の立て替え、ファミリーシップ制度などの施策は全国各地に広まっています。子ども医療費の無料化は全国でも広がり、2023年からは東京都の23区でも高校生までの無料化を始めることになりました。
明石市の施策と効果は大きな注目を浴び、2019年には衆議院、2022年には参議院に呼ばれているのです。そこでは子ども施策についての意見を述べ、国会議員に説明しました。
国会議員と市長を両方経験した泉さんからすれば、やはり市長のほうがスピーディーに物事を動かせるそうです。総理大臣にでもならない限り、国をすぐに動かすのは無理。だったら明石市から広めていこうということです。
明石市独自で全国初のモデルケースになる政策を具体化する。邪魔しないでほしい。たとえ国がお金を出さなくても、余計な口出しをしないでほしい。
そうすれば、明石市が自腹でもやり切る。全国のモデルとなるひな型をつくる。
その代わり国には、明石が始めたグローバルスタンダードの施策を全国の自治体ができるよう、責任を持って全国に広げてほしい。
泉房穂「社会の変え方」
明石市は困っている市民のために独自で動いていますが、大都市であったり、過疎地だとまた違う施策が必要なはず。それぞれの自治体で「全国初」の施策が行われることが当たり前になるといいですね。
こんな国にしてしまったのは私たちだし、こんな国を変えていかないといけないのも私たち
私は氷河期世代ですし、子ども好きではないので、もともと子どもを持つことには消極的でした。問題は今の日本では、若い子とか子ども好きな人も、子どもを産むのをためらっていることなんですよね・・・。
氷河期世代の犠牲をもってしても、日本は回復しなかったか。正直国を良くするのは政治家で、政治家に期待できない以上、私たちはもう次の世代に期待するしかないと思っていました。でももうすでに下の世代が生きる希望を失いかけているっていう。
まあ、今すぐ国を変えるのは無理でしょうね。総理大臣は国会議員の投票で選ばれますし、日本国民で満25歳以上になる資格があるらしいですけど、若者や女性が総理大臣に選ばれることは今の日本ではまずありません。
泉さんは初の市長選において、無所属でなんの後ろ盾がないにも関わらず、69票という僅差で当選しています。これは当然市民の力です。明石市民は自分たちで、今の住みやすさを勝ち取ったのです。
私たちにできることも、社会をよくしてくれるような人に地道に投票することなのでしょう。私の地元ではまだまだ若い人の立候補は少ないのですが。
もし市や県の独自の施策が当たり前となり、それぞれの自治体の施策が個性的になっていけば、この本にあるとおり「施策で住む場所を選ぶ」時代が来るのかもしれません。
そしてそれぞれの自治体が切磋琢磨して「自分たちを選んでもらいたい」と考えるようになれば、より柔軟に施策や条例も変わっていくのでしょう。市や県にできることがなぜ国にはできないんだという空気になれば、国も変わらざるをえません。
ただ社会を嘆くだけではなく、まず自分たちの住んでいる場所をよくしよう。そこから始まるのです。